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震災からの4年に何を思うのか

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■2011年3月11日

日本中が混乱と悲しみにくれた東日本大震災。今日であの大災害からちょうど4年になる。

 

関東の中心部にいた私は、建物の2階でデスクワークをしていた。今でも忘れない、私は地震の起こる瞬間に何かを感じ、キーボードを打つ手を止めた。なにも私が特別な能力者というわけでなく、誰しも感じ取った余震に近い何かなのかもしれない。傍にあったカレンダーやペンたてが揺れ始め、それが地震だと気付いた。

 

 

周りは、悲鳴やデスクに置いていた小物や書類が落ちる音で少し騒がしくなった。皆の脳裏によぎったのは「関東大震災」「東海大地震」といった言葉だった事だろう。数分間にわたって続いた揺れは、何と震度5程度のものだとわかった時、地震の恐ろしさを痛感した。

震度7だったらどうなってしまったんだここは?」

そんな事を考えていたのを覚えている。

 

あわてて部屋の片隅のテレビを誰かが付けた。流れてきたのは混乱したテレビ局で、震度や津波情報を伝えるヘルメットをかぶったアナウンサーだった。その時はまだ、事態の深刻さに気付かなかった。震源が東北であることや、津波の情報が詳しく伝えられるようになり、次第に事態が深刻であることに気付かされることになる。

 

その後の事はあまりよく覚えていない。時折目にする津波の被害写真や映像が目に焼き付いて脳内のメモリーを占めてしまい、他の事があまり記憶として残らなかったようだ。幸いにも家族や近しい友人にけが人などは出なかったが、同僚や友人は計画停電の影響や電車の遅延などの影響を受けた。

 

私自身、1度だけ計画停電を経験する事になったのだが、あれほどまでに光がなく、音もしない数時間を経験する事は人生で2度とないのではないだろうか。そこそこの住宅密集地で、いっさいの音がなくなるとホラー映画での主人公が迷い込む村に、自分自身がワープしてしまったのではないかとすら思えた。計画停電に当たり、様々な犯罪被害も予測されていたため外出は控えたが、今になってみれば少しそんな街をしっかりと目に焼き付けておけば良かったと思う。

 

■大震災が暴いたもの

何もたいそうにタイトルを付けるほどではないが、あの震災では色々と日本人、というか人間の闇を見てしまった気がする。一番印象に残っているのはガソリンスタンドの行列だ。あの光景は忘れられない。国道沿いのガソリンスタンドで、給油待ちのファミリーカーが長蛇の列をなしていた。

 

私は、そこまで年齢を重ねていないので、記憶はないのだがオイルショック時のトイレットペーパーの買い占めを彷彿とさせた。オイルショックの写真を資料集で始めてみた時、背筋が寒くなったのを覚えている。

 

私は小心者で臆病なので、推理小説の表紙の恐ろしげな表紙でさえトラウマになってしまうくらいだったのだが、その写真を始めて見た時は、言葉に出来ない気持ち悪さに吐き気がしたほどだ。人間と言うのはこうも利己的で自己中心的なのだと痛感した写真だった。

それを現実で目にすることになるとは……。

これまでも、人並みに人に騙され、裏切りや足の引っ張り合いも経験したが、名前も知らないどこかの若者や、サラリーマン、主婦がこぞって買い占めに走る様子を見せられると、いささか堪えた。

 

何も醜い出来事だけではなかった。ボランティアや救援物資、励ましのメッセージや音楽など、多くの人が協力し支援に乗り出した。しかし、それらの裏には必ずと言っていいほどのキナ臭い話が見え隠れしていた。私は、それを目にする度に、言葉では表せない複雑な気持ちを感じていた。その「言葉に表せない気持ち」の正体を、4年という時間が答えを導いてくれた気がする。

 

その答えとは「人間とは醜い生き物なのだ」ということへの「納得」だ。

 

■見誤らないということ

私はどこかで自分自身や人間というものに「期待」していたのかもしれない。人間とはもっと美しい、もっと素晴らしいはずだ、と。

 

そうでもなかったのだ。

未だに復興途中の被災地で、子供の甲状腺がんの検査よりも優先されることがある。

放射線にまみれた瓦礫を処分する地域を押し付け合い、懸命に除染作業をする人件費の中抜きにいそしむゼネコン。

募金をしたと言ったきり、活動報告をしない有名人や募金団体。

 

それらを目の当たりにさせられ続けた4年間は、「人間の醜さ」を「納得」するには十分だった。

4年前は、それを受け入れられずに複雑な心境になっていたのだろう。

私自身も含め、それを自覚できた4年間だった。

 

しかし、そういった醜い活動も含めて世界は常に回っているのだ。当たり前のことなのだ。何も平常時には行われていないものではない。今現在も弱者は喰い物にされ続けている。この世は弱肉強食なのだ。

 

事実は正確に認識する事。

そこが全ての始まりなのだ。

期待などするな。

見誤らない、それがスタートだ。

 

■足し算

東日本大震災当時、4歳だった実家の愛犬は8歳になった。

可愛い1歳の甥っ子は5歳になった。

結婚記念日は6回目を迎えた。

 

そこには掛け算はない。

足し算しか存在しない。

人生や復興に掛け算はないのだ。

 

昨年、福島を訪れる機会があった。

被災地といっても甚大な被害を被った地域ではなかったので、瓦礫の山を目にすることはなかったが、除染中の立て看板や壊れたままの家屋を目にすると、震災の爪痕を実感した。

 

福島の人は明るかった。親切で情に溢れていた。

緑は美しく、食べ物はうまかった。

それがとても悲しかった。

綺麗な景色をみるたびに、美味しいものを口にするたびに、悲しい気持ちになった。

 

親しい人を亡くした人が、収穫した野菜だったからなのだろうか?

愛しい人を亡くした人が、調理してくれた料理だったからなのだろうか?

理由はわからない、が全ての物の背後には悲しみが隠れていた。

 

センシチブになっているわけではない。

ずっとマイナスに振れていた人々の心が、足し算を繰り返し、ようやくプラスに転じてきているのだ、と感じたのだ。

あきらめず前へ進む限り、復興はなし得るのだと思ったのだ。

 

一歩、また一歩と足し算を繰り返すことで必ずゴールにたどり着くのだ。

「人間は醜い」はずなのに、「前に進む姿」は美しい。

不思議だ。

 

今年もまた、福島へ行こうかと思う。

馬刺しを食べに。

また、足し算されていることだろう。

 

 

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